黒歴史

海辺の家というコンセプトを掲げる42歳の建築事務所デザイナーがいます。
ところが、仕事のため家庭を振り返らず、妻子に逃げられるという始末。

おまけにコンピュータについていけず、事務所で孤立するだけでなく、些細なことからボスと喧嘩してクビになるという展開に。

挙句には、不摂生がたたり健康診断で後4ヶ月の命と宣告される。
自分の人生は一体何だったのかと初めて自分の人生に向き合う。
そして、別れた息子と最後の夏に、海岸に建つ今住んでいるぼろ家を壊し、共に家を建てることを決意。

元妻は再婚し、新しい家族と幸せに暮らしているが、悩みは16歳になるその息子。
ドラッグに走り毎日不満だらけで暮らしている。

息子を夏休みに無理やり連れ帰る。
住んでいる家を壊し新しく建てようとするが息子は反抗ばかり。
時間がない彼は黙々と作業を進める、痛み止めを飲みながら。

元妻も食べ物を差し入れし、手伝い始めると息子もいやいやながら手伝うようになる。
そして、父が息子に彼と同じ年頃だった自分の話をするようになる。
徐々に息子は心を開いてきて二人の距離が縮まる。

こんな書き出しで自作の物語を書いたのは、自分の中での黒歴史ですね。

結婚離婚

人生を大きく変える分岐点、それをターニングポイントと言うらしいですね。
長いような短いような人生の中で、ターニングポイントと呼べるものと言えば、何が思いつくでしょうか。

僕が真っ先に思いついたのは、結婚、ですかね。
もしそれが僕の人生においてのターニングポイントだとすれば、僕はもう二回も経験しています。
さらに、離婚もターニングポイントに含めるとしたら、僕は四回もそれを経験しています。
喜ばしいことですね! 嘘です。全然喜べません。
ということで、ターニングポイントは経験すればいいってものじゃない、あくまでただの分岐点であるので、その分岐点をいい方向へ進むことが大事なんですね。
僕はその分岐点をすべて悪い方向へ進んでしまっている気がします。
何か得になることがあったのか、と聞かれると、話のネタになる、と返せるくらいでしょうか。自虐ネタですが。
あるいは、それは僕にとってのターニングポイントではなかったのかもしれません。
ここがターニングポイントだ、と気がつくのは、その分岐点を選んでから、つまり、すべてが終わったあとの結果論です。
そう考えると、僕は自分で、自分の人生に何か大きく変化があったとは思いませんので、やはり結婚離婚はターニングポイントではなかったと思います。
となると、僕のターニングポイントはいつどこでやってくるのでしょうか。それとも、一度もそういったものはやってこないのでしょうか。
将来のことは誰にもわかりませんが、それが人生の楽しみでもあると僕は考えながら布団に潜り込みます。

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