貸出エコバッグ

福岡市西区の小学校5校区内のスーパー4店舗では、「貸し出しエコバッグ」という取り組みが行われている。
身近で誰にでもできるエコ活動のひとつとして定着してきた、エコバッグ。
普段、スーパーに行くときには持っていくけれど、ふいに買い物する時もあり、いつでもエコバッグをもっているわけじゃない。
そんなときに役立つのが、「貸し出しエコバッグ」。

4店舗に備え付けの箱があり、そこから自由にバッグを借りることができる。
次に買い物に行くときに返せばいいのだが、4店舗のうちのどの店舗に返してもいいのが、このシステムのさらに便利なところである。
貸し出されるエコバッグは、地域住民が、使っていないバッグを提供しているところもエコである。
この取り組みは、福岡県宗像市でも実施されており、全国に広がることが期待されている。
つい最近、ちょっと矛盾するように感じた出来事があった。
なんと高級ブランドがエコバッグを、それなりの価格で販売し始めたのだ。
どこがエコなのか・・。
しかも、手に入れたブランドエコバッグは、オークションなどで転売し、利鞘を稼ごうとする転売屋の恰好のターゲットとなってしまっているのだ。
しかし、それでも売れてしまうのは、ブランド信奉者のあくなき購買欲のためか。
ブランド物と言えば、貴金属も該当する。
そろそろ身を固めようと、結婚指輪通販サイトを見たのだけれど、オリジナルブランドもなかなかデザインがいい。

環境について

最近海がおかしいらしい。
本来いるはずのない絶滅危惧種や、大型の鯨が何頭も砂浜にうちあげられたり、深海深くにいてめったに姿を現さない生き物が何体も目撃されていたり。
海水の温度が通常の温度と違ったり、潮の流れがかわったりというのが原因らしい。

環境要因が生態系に与える影響力の大きさには畏怖の念を覚えるけれども、その環境要因自体を変化させているのが人間だと思うと、なんだか取り返しのつかない領域に足を踏み込んでいるようで恐ろしくなる。
いや、本当に本当の恐ろしいことなのだろう。
本当ならば誰も叶うはずのない自然に、人間の力が覆いかぶさろうとしているというのは。
自然破壊をテーマにしている某有名アニメ映画では、自然というものを古代の神と見立てて、人間による「神殺し」の罪を問うていたけれども、まさにそれと同じ既視感を味わっているようだ。
自然という「神」の領域を、人間が侵そうとしている。
それには必ず報いがつき物である。
それの一つが、大切な地球のほかの生き物の命なのだろうか?
その変化におびえる自分と、便利な世界にどっぷりとつかってしまって、環境破壊という危機感が薄まっている自分がせめぎあっている。
結局、自分も地球を破壊している身勝手な人間の一人に過ぎないのである。
戦争や、人間同士の殺し合いをしている場合ではないのだ。
便利さをさしおいてでも、環境を守る行動力を身につけるにはどうしたらよいか。
本当ならばそれを考えていかないといけないのである。
自分に出来ることはなんだろう、他の生き物を守るためには。
まずは今更ながらエコバッグで買い物をしよう。
そして、ゴミを出さないようになるべくものを増やさないようにしよう。
ものを増やさなくするときっと経済の問題がおこってくるだろうが、それは専門家に考えてもらって、かつ教えてもらおう。

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